2012年04月21日

三郷原リバーパーク

 地図を見ていて、寺津沼と似ている細長い川跡のような「三郷原リバーパーク」の存在を
知りました。

 最上川の旧流路かとの予想どおりで、県立図書館の郷土資料コーナーで調べた出典・要旨は
ページ末尾のとおりです。

 先日現地に行ってみました。

 細長い沼沿いに立派な桜の木が並んでいて、満開になったらさぞかしいい景色となるでしょう。

 その割りに、ネットで検索してもほとんど情報が記載されていません。

 地元の方々にとっては「知ってて当然、敢えてネットに出すまでもない」ということ?

 そこで、庄内町観光のページで探したところ、「小出沼親水広場」という名称だと知った次第。

花見のスポットとして大きく取り上げているのは ↓ ぐらい。 ここも穴場ですね。  
小出沼農村公園親水広場(全国お花見900景)

<マウスoff>【Google Earthの画像<H22.8.28撮影>】
<カーソルon>【国土画像観覧システム(国土交通省)の画像<S51年頃>】


【Googleマップ】

より大きな地図で 山形今昔30年 on Googleマップ【庄内地方】 を表示

【H24.4.18撮影】




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「三郷原の開発」
 水環境整備事業で面目を一新している小出沼と、最上川堤防に挟まれた一望の耕地は、昔最上川の本流があった川跡で、開発されたのは太平洋戦争後の事である。長年にわたった開発の経緯について探ることとする。

 旧大和村の最上川沿岸に位する村々にとって、この最上川川跡の開発と水田化は、昭和年代の大きな出来事でした。この地域は通称「三郷原」といわれるが、これは旧大和村と隣の旧常万村並びに飽海郡旧上郷村の三地域にまたがるところから、この地域の開発記念に名付けられたものである。

 明治、大正年間は、最上川の本流が、大字小出新田の俗称「土場」の北側の凹地に沿って大きくカーブを描きながら流れていた。そのため毎年雪解期や少し強い雨が降ると洪水になって、しばしばその流域は、田畑や家畜また家屋にも大きな被害をもたらした。

 このような状況に対応するため、なんとか恒久的な工事を施して被害を無くそうと、大正年代から最上川の直流化工事が進められ、昭和8年にようやく完成した。そして約130町歩(約130ha)に及ぶ廃河川敷地が河原のまま残された。(以下略)

<出典:「ものがたり 余目誌」(下巻) 発行者:余目町郷土史研究会>

 また、「大和郷土史」(発行:大和地区地域づくり推進会議)には、寛永8年(1631年)から現在に至るまでの計10枚の最上川変遷図が掲載されています。

 興味のある方は、山形県立図書館または地元の図書館で閲覧してみてください。



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Posted by 出羽野カバ丸 at 17:33│Comments(0)【娯楽】公園
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